【若者困惑】東京のタクシードライバーがよく言われる「昔の建物・ランドマーク」5選

 

こんにちは、タクオです。

 

本日のサムネは、昭和臭プンプンの「横分けハンサムな男性」ですが、誰だかわかります?

正解は、『マイトガイ』こと小林あきらさん!

 

そんな旭(呼び捨て失礼!)のヒット曲の一つに、『昔の名前で出ています』という歌があります。

全国各地の「夜の街」を渡り歩く女性のはかない恋心を唄った名曲ですが、「昔の名前」は “夜の世界” だけの話ではありません。

我々タクシードライバーにとっても、「昔の名前」は「よくある話」なんですよ!

 

そんなわけで、本日は東京のタクシードライバーが言われがちな 昔の建物・ランドマークの名前 を取り上げます!

 

「歴史」を知ることで「未来」が見えてくるのが世の常。

ですので今日の記事は、あなたが思っている以上に有益な内容かもしれませんよ(笑)

 

 

新陳代謝が進む東京の街

鉄筋コンクリート造のビルは「100年以上は持つ」と言われています。

しかし、これは「物理的な寿命」であって、法律や税制上の理由から実際は30~50年で建て替えられるケースが多いようですね。

 

また、いわゆる『新耐震基準』の施行から40年が経ったことや、バブル期に建てられたオフィスビルがちょうど「寿命」を迎える時期となったこの数年。

全国的にビルの建て替えが進んでいるようですが、東京も例外ではありません。

 

2020年以降に竣工しゅんこうした高さ60m以上の「超高層ビル」は、虎ノ門ヒルズビジネスタワー(港区)、常盤橋ときわばしタワー(千代田区)、東京ポートシティ(港区)、Otemachiおおてまち Oneワン タワー(千代田区)、札の辻スクエア(港区)、東京ミッドタウン八重洲(中央区)etc.

都心3区だけを見ても、実に 50棟以上 にものぼります(マンション・ホテルも含む)。

 

直近では、6月に竣工した 麻布台ヒルズ森JPタワー(港区・330m)が「『あべのハルカス』を抜いて高さ日本一!」ということで話題になりましたよね。

(2027年に高さ390mの常盤橋タワー・B棟が完成予定なので、4年間限定の「暫定王者」ではありますが。)

 

さらには、東京駅八重洲口高輪ゲートウェイ駅品川駅高輪口 の周辺も現在進行形で再開発が行われていますし、この1年だけを見ても、東急百貨店本店小田急百貨店新宿店本館八重洲ブックセンターホテルグランドパレス が取り壊されているので、東京の “新陳代謝” はこの先もしばらく続いていきそうですね。

 

そんな「街の移ろい」を感じられるのも、私たちタクシードライバーの醍醐味なのかもしれません。

東京に限ったことではないのでしょうけど、日々生まれ変わる街の様子を見られるのはおもしろいですからね!

 

 

「昔の名前」を言われる建物・施設 5選

新しい建物・施設が出来たら覚えなければいけないのが、タクシードライバーという仕事。

先ほど挙げた新しいビルなんかも、東京の全ドライバーが「当然のこと」として覚えてきたことでしょう。

 

しかしです!

我々が覚えなければいけないのは、何も新しい建物・施設だけではないんですよ!

 

本日のテーマである「昔の建物・ランドマーク」も、スムーズな運行を行うためには覚えておく必要があるんですね。

何故なら、現存しない「昔の建物名・ランドマーク名」で行き先を指定するお客様 が一定数いるから(笑)

 

というわけで、ここからは 東京23区のタクシードライバーが言われがちな 都心の現存しない建物・ランドマークの名前 5選 を、僕の「独断と偏見」で挙げていきます!

おそらくですが、「あぁ~、俺も言われたことあるわぁ~」というドライバーさんもいるのではないでしょうか。

そんな方は共感を持って読んでいただき、それ以外の方(特に若いドライバーさん)には「ふるきをたずねて新しきを知る」という心持ちで読み進めていただければ幸いです(笑)

 

 

青山ベルコモンズ(港区)

青山ベルコモンズ(引用 : Wikipedia

東京のタクシードライバーが言われがちな現存しない建物名の 圧倒的No.1 は、『青山ベルコモンズ』でしょう!

こちらは「今の『青山グランドホテル』だよ」と言ったら、「あぁ、あそこね!」となる方もいるでしょうね。

 

現在の建物名は『the ARGYLE aoyama(ジ・アーガイル・アオヤマ)』と言うようですが、3年半の乗務で一度も言われたことがないですね(笑)

(僕もこの記事を書くにあたって初めて知ったくらいです 笑笑)

それよりは、やっぱり「昔のベルコモンズの辺りまで」と指定されることが多いです。

 

僕が生まれた1976年に開業した『青山ベルコモンズ』ですが、当時は「ファッションビルのはしり」として 時代の最先端的な存在 だったようですね。

現在の『the ARGYLE aoyama』4階には『THE BELCOMO(ザ・ベルコモ)』というダイニングバーがあり、その名に「りし日の面影」を残しています。

 

『ベルコモンズ』は『青山グランドホテル』!

若いドライバーさんはぜひ覚えておいてください!

 

 

赤坂プリンスホテル(千代田区)

赤坂プリンスホテル(引用 : Wikipedia

1位の『ベルコモンズ』ほどではありませんが、これもときどき言われることがあります。

都道府県会館前から麹町四丁目交差点にかけての通りは、「赤プリが目の前にあった」ということで今でも『プリンス通り』と呼ばれていますよね。

そんなわけで、赤坂プリンスホテル(通称『赤プリ』)は、現在の 『東京ガーデンテラス紀尾井町』 です。

 

現在でも、東京ガーデンテラス紀尾井町内に『ザ・プリンスギャラリー・東京紀尾井町』がホテルとして営業していますし、旧館が結婚式場の『赤坂プリンス クラシックハウス』として営業中です。

 

『ガーデンテラス』という(どこにでもありそうな)ボヤーッとした名称は、特にある年代以上の方には記憶しづらいのかもしれませんね(笑)

それよりも『赤坂プリンス』のほうがしっくり来るみたいで、年に数回は「昔の赤プリまで!」と言われることがあります。

 

ちなみに、周辺には以前『六本木プリンスホテル』もありましたが、こちらは不思議と「昔の六本木プリンスの辺りまで」と言われたことが一度もありません。

同じプリンスホテルなのに、何故でしょうかね?

(『六本木プリンスホテル』は、現在の『六本木グランドタワー』の場所にありました。)

 

 

銀座日航ホテル(中央区)

銀座日航ホテル(引用 : 食べログ

現在の『ホテル・ザ・セレスティン銀座』の場所で、2014年まで営業していた『銀座日航ホテル』

数ある「銀座のランドマーク」の一つとして、1959(昭和34)年から54年間、外堀通り(電通でんつう通り)沿いの銀座8丁目に所在していました。

“在りし日” は、多くの方々に待ち合わせ場所や目印としてもよく活用されていたようです。

 

先述の通り、現在は『セレスティン銀座』となりましたが、僕も含めた40代以上の方には「銀座の日航ホテル」のほうが馴染みがあるんですよね。

(僕もタクドラになって初めて「銀座の日航ホテルがセレスティンホテルになったんだ!」と知ったくらいです。)

 

実際に僕個人の経験では、「銀座のセレスティンまで」と言うお客様と「銀座の日航ホテルまで」と言うお客様の割合は、ほぼ同じくらい。

「セレスティンホテル」と聞くと、どうしても芝園橋近くの『ホテル・ザ・セレスティン東京芝』を真っ先に思い浮かべるので、混同しないためにも「銀座の日航ホテル」と指定する方が多いのかもしれませんね(あくまで推測)。

 

ちなみに、“夜の銀座” のメインストリートである「電通通り」には、その名の通り、かつては日本最大の広告代理店『電通』の本社が銀座7丁目にありました。

(現在も『電通銀座ビル』として建物は残っています。)

こちらも銀座日航ホテルと同様、「昔の電通の辺りまで」と指定されるお客様が極稀ごくまれにいるので、あわせて覚えておくと良いかもしれませんね。

 

 

日石本館(港区)

日石本館(引用 : Wikipedia

『にっせき』と聞くと、真っ先に広尾の『日赤にっせき医療センター』を思い浮かべる方のほうが多いのではないでしょうか?

日本最大の石油元売会社・ENEOSエネオスの前身企業が『日本石油』で、略して「日石にっせき」と呼ばれていました。

そんな日石の本社が、「西新橋」交差点の角、現在の『西新橋スクエア』の場所にあったんですね。

 

年に1、2回ではありますが、「日石本社」も40代以上のお客様(特に50・60代のビジネスマン)に言われることが多い印象です。

僕はたまたま20代の頃に運送業・配送業の経験があったので知っていましたが、若者の中には「そもそも『日石』って何?」となる方もいそうですね。

それ以外の方にとっても、20年以上前にくなった会社の所在地など「そんなの知らねぇわ!」となりそうではありますが(笑)

 

ちなみに、『旧日石』である現ENEOSの本社は別の場所にあって、『大手門タワー・ENEOSビル』として地上22階建てのビルが皇居の目の前に鎮座しています。

 

 

旧東京電機大学(千代田区)

旧東京電機大学(引用 : Wikipedia

こちらは先に挙げた4つと違い、3年半の乗務経験の中で1回しか言われたことがありません。

しかし、つい2週間前に言われたばかりで「まだ記憶に新しい」ということで、「もうすぐトップテン」から一気にランクインです!

(「もうすぐトップテン」って言っても、30代以下の方はわからないですよね 笑)

 

以前は現在の『神田スクエア』の場所にメインキャンパスがあった東京電機大学。

近年「大学の街」として生まれ変わっている足立区・ 北千住に2012(平成24)年に移転 しましたが、ある年代以上の方には今でも「電機大学は神田!」という印象が強いのかもしれませんね。

(僕に「昔の電機大学のところまで」と指定したのは同年代の女性でしたが、もしかしたら「電機大学のOG」だったのかな?)

 

ちなみに、『神田スクエア』の8階には任天堂の東京支店が入居しているためか、「フォーマルではないビジネスマン風のお客様」を送り届けることがしばしばあります。

 

 

【番外編】地元の人しか知らない?「昔の名前」

これまで挙げた5つの昔の建物は「都心にあった」ということもあり、「多くの方が知っている存在だった」と言えるかもしれませんね。

 

しかし!

ときどき「いや! そんなの知らねぇーし!」という昔の建物・ランドマークを言われることがあるのも我々タクシードライバーなんですよね!

 

ということで、ここからは僕が実際に言われたことのある「都心以外のローカルな昔の建物」を3つ挙げていきます!

運送業の経験がある僕でも「いや! 知らねぇーし!」となった建物・ランドマークばかりではありますが、「共感してくれるドライバーさんも多いのでは?」という期待を抱きながら書き連ねていきたいと思います。

 

 

TSUTAYA 中目黒店(目黒区)

TSUTAYA 中目黒店(引用 : NAKAMEDIA

中目黒駅南側の「中目黒立体交差」交差点のすぐ脇に、現在は空き地となっている一角があります。

ここには3年前までレンタルビデオ屋さんの『TSUTAYA 中目黒店』があったようですね。

 

僕は在りし日の『TSUTAYA 中目黒店』を見たことはありません。

しかし、中目黒駅周辺のランドマーク的存在だったようで、閉店から3年が経った現在も「中目黒のTSUTAYAがあった辺りまで」とお客様に指定されることがあります。

 

現在は建物が取り壊され仮囲いで囲われた更地さらちになっていますが、この後は何が出来るのでしょうか?

「ここにTSUTAYAがあったんだぁー」と、覚えておくと良いかもしれませんね。

 

 

タンポポ(台東区)

タンポポ(引用 : 食べログ

『タンポポ』は、  “夜の上野” の中心地・仲町なかちょう通りへと通ずる不忍池南側にあったようです。

昼日勤になってからは一度も言われたことがありませんが、隔勤時代の深夜に「昔のタンポポの前まで」と言われたことが2、3回あります。

しかも20代の若者に言われたこともあるので、上野 & 湯島辺りで遊ぶ・働く方たちにとっては「知っていて当然の歴史」なのかもしれませんね。

 

ちなみに、『タンポポ』は昭和時代の上野を代表する純喫茶の名前で、この界隈かいわいでは結構有名なお店だったようですね。

(それなのに、ネットで調べてもあまり情報が出てきません 汗)

 

1971(昭和46)年に当地に建てられた『タンポポ』があったビルは、その名の通り『タンポポビル』と名付けられ、喫茶店だった当時の名残りを今でも残しています。

けど、いきなり「『タンポポ』があったところまで」言われても、わからないドライバーさんは「?????」となりますよね(苦笑)

 

 

細田スーパー?(江戸川区)

これこそ正に「king of・ローカルな昔の建物」かもしれません。

 

2年近く前になるでしょうか。

清砂大橋通りの西葛西駅と葛西駅のちょうど真ん中辺りで乗せた70代くらいのおばあちゃんに言われた、

「昔の細田スーパーの近くまで」

 

これが、これまでの乗務でいちばん難解な目的地だったのは間違いないです(笑)

(そもそもおばあちゃんが言っていたのは「細田スーパー」だったかどうかも、今となっては定かではありません 笑笑)

 

この「細田スーパー」も、もちろんネットで調べても一切情報が出てきません。

おそらくは、チェーン系ではなく “地元の名士” が経営していた小さなスーパーマーケットだと思われるので、地元が西葛西 or 葛西の方、知っていたらぜひ教えてください!

 

というわけで、あのときのおばあちゃんには「葛西の歴史を知らなくてごめんなさい!」と、このブログを通してお伝えてしておきます。

(目にすることは無いと思いますが 笑)

 

 

他にもまだある! 東京の昔の建物!!

以上、「東京に昔あった建物」を8つ取り上げてみました。

「難易度」が低いものがあれば、高いものもあったかと思いますが、ここで挙げたものが全てではないですよね。

ですので、あなたが言われたことのある「昔の地名・建物名」も教えてください!

僕の勉強にもなってありがたい限りです。

 

ちなみに、僕が言われたことがある「昔の建物・ランドマーク」は他にもあります。

 

一例として、

ホテルニュージャパン
プランタン銀座
浅草の仁丹塔
旧豊島区役所
カネボウの旧本社

などがありましたね。

 

いずれも失くなったり名前が変わってしばらく経つ建物なので、特に若いドライバーさんにとっては「???」なものばかりですよね。

(アラフィフの僕でも、中には聞いた瞬間に「?????」となるものがありましたから 笑)

 

また、最近「昔の建物」になった or この先「昔の建物」になるであろう 建物・ランドマークとして、

ホテルオークラ別館
エイベックスビル

八重洲ブックセンター
赤坂エクセルホテル東急
メルサ銀座2丁目店

などがあります。

こちらは最近閉業・解体されたばかりなので、しばらくはお客様に指定されることも多そうですね。

 

こんな感じで、新陳代謝が進む東京においては、これからも「昔の建物・ランドマーク」が増えていくことでしょう。

また、今日取り上げた建物以外にもまだまだ「昔の建物」はあるはずなので、機会があったら第2弾もやってみたいですね。

そのためにも皆さまからの情報提供を改めてお願いして、本日の結びとさせていただきます!

ありがとうございました!!

 

 

 

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